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自分の骨格がよろこぶ姿勢、あなたはご存知でしたか。立禅、ひとつの方法です。 中年から始める 太氣至誠拳法 太氣会 師範 天野敏
天野敏 太気至誠拳法太気会代表。1951年、東京出身。慶応大学法学部中退。拳聖と呼ばれた澤井健一師より太気至誠拳法(太気拳)を学び、練士五段を授かる。師亡き後独自の研鑽を積み、以来後進の指導に当たると共に、中国大陸・意拳との技術交流も積極的に行う。書籍・雑誌への執筆も数多く、朝日カルチャーセンターの講師も勤め、その深みのある指導法には定評がある。プロアスリート・武術家だけでなく他分野のエキスパートからも高く評価されており、 また現役武術家としての人柄に惚れ込み慕う弟子たちも数多い。 「護身目的を十分に満たして、さらにこの武術が単に闘争のための技術体系ではなく、あらゆる身体表現の根幹に関わり、自身の精神と肉体、自己と他者、あるいは社会の対立といった19世紀以降の全ての表現とリンクする可能性のあることを理解していただけたら望外の幸せです。」 天野敏師談
人の人生には様々な転換期があります。学生時代、といってもその中には試験があり、進級に汲々とする時があれば、失恋もあります。そして就職、新しい職場での悩み、転勤。そして結婚、新生活、希望や挫折、あるいは出産。
もちろんその他にもいろいろあります。人の人生は事件がつき物であり、それがいくら月並みに見えても本人にとっては大変な転換点になります。 正直に言って「中年」というのはそう言った転換の息継ぎ点のような気がします。 ある種生活が安定し、生きていく形、あるいは生活の形とでも言うべきものができかかってくるときでもあります。 ここまでくるにいたった時間を見据え、これからの時間をどのように過ごすか、と自問するときでもあります。人は生きていくことで自分の時間を確実に消費していきます。
寝ることに消費し、通勤に消費し、仕事に消費する。また家庭生活に消費する。どれも必要不可欠であり、疎かにできるものではありません。しかし気がつくと、それ以外に使っている時間が非常に少ないことに気づきます。 試みに、それらの時間を計算してみると実に多くの時間を「何かの」ために使っていることに気づかされます。「何か」とは生活です。
社会に生きていくということは即ち、よき「生活者」となる事ですからこれは当然の事。しかし、生活とそのための休息にのみ時間を浪費して充足した人生といえるのだろうか、本書はそうした事を思ってしまう人(思わない人もいるのは当たり前で、それはそれで良い)の為に書いた武術の本(E-Book)です。 さて、人の人生は出会いで決まる。私は本当にそう思える出会いがありました。 師 澤井健一との出会いです。私は師との出会いで、もう一つの豊かな時間を持つことができました。生活にかかわる時間とは別に、生きていくうえでの張り合いであり、求め続けていくに十分価値のあるものです。「太気拳」という中国武術との出会いです。
中国武術というと、太極拳が一番有名で、まずこれを思い浮かべる人が大半だと思います。ゆったりと舞うように動き、それこそ中年からでも無理なく始められる。一人であるいは集団で、その型を演じているところを見る機会もあるし、また空手出身者が格闘技の試合に参戦しているのを見ることも頻繁でしょう。ですが非常に残念なことに、武術という言葉で「太気拳」を思い浮かべる人はほんの少数の例外以外にはいないのが現実だと思います。 しかしそれでも私にとって「太気拳」は世の中で一番すばらしい武術なのです。なぜなら「太気拳」は武術というものが、また強いという事が何なのかを教えてくれたし、健康でいる事のすばらしさを教えてくれました。 そして何よりすばらしいと思うのは、稽古する事で今まで知らなかった世界が見え、またさらに新しい世界が見えてくるだろう、という予感を感じられるのです。もちろんこの世界というのはオカルト的な事などでではなく、しっかりと自分の身体に根ざしたものです。 自分の中にまだ知らない自分があり、それに気づき、更にその先があるという事。解らないがあり、発見があり、更にその先に不思議を見つけられるという幸せ。自分の中のまだ見ぬ可能性を感じさせてくれるのです。 武術と言うと人と争うことを最初に思い浮かべる人が多いと思います。もちろんそういう側面もありますが、本当の素晴らしさは自分と正面から向かい合える事。「太気拳」はそんな事をさせてくれる武術なのです。 若いときはひたすらがむしゃらにがんばる事で満足できるものです。しかし、十分な経験をつんできた人は、もっと質的に深いものを求め始めます。 この本(E-Book)の表題を「中年からの~」としたのは上に書いたような事からです。 若いうちはただ身体を動かす事で満足したり、あるいは強さのみを追求したりします。それも良いと思います。また若いという事はそういうことなのかも知れません。しかし多くの若者はその後の様々な生活の変化の中で、いつか武術を忘れ、生活に埋没していきがちなものです。 しかし、最初に書いたように、生活の波乱を一通り経験し、落ち着いてものを考えることのできるようになった中年こそ、実は「本物の武術」を深く追求し、その楽しみを知ることのできるのでないだろうかと思うのです。 中年から始めるから、「本物は無理かも・・・」と思っている人がいたら、それは大間違いです。 それは形を変えた体力信仰に過ぎません。体力は必要ですが、体力だけでは仕事がうまくいかない、と言う事を知っているのも中年です。武術もまったく同じです。 形だけ覚えて、あるいは身体を動かしてよしとするのなら、それはラジオ体操でも目的は果たせます。しかし、武術にはまったく違う世界がそこにあるのです。 その違う世界へのカギは若さや体力のみではなく、経験やそこから来る洞察力など様々なものが必要とされるものです。そういった種類のものが一つになった時、質的な転換があり、円熟があるのです。 20数年前、初めて師 澤井健一に教えられた事、80歳も間近だった師が示してくれたのがそれだったのですから。人生の中で、純粋に自分のために消費する時間を作れる豊かさ。自分自身を育むということを大気拳は教えてくれます。そう、自分自身を育む、これこそが実は青春なのかもしれません。太気拳はそんな武術です。 強くなるってどんな事 太気拳は武術です。武術の目的はまず強くなる事。では、強くなると言うことは一体どういうことを言うのでしょう。格闘技の試合に勝つ事でしょうか。あるいは街頭でのけんかに勝つ事?確かに試合に勝つ事も強さでしょうし、街で売られたけんかを買って相手を打ちのめす、なんていうのも強いといえるでしょう。 世の中にはいろいろなことがありますから、確かに腕っ節が強いと言うことが良いことだ、ということもあるのは事実です。しかし、私が思う武術の強さ、とは試合に勝つ事でもけんかに勝つ事でもありません。 私が太気拳をやってきてよかったと思うのは、暴力に対して怖気づかない、と言う事です。何故なら、相手が暴力に訴えようとしたときにどういう風に対処すればいいか、と言う事を学ぶ事ができたからです。と言っても、この「どういう風」は決して技術ではありません。 こう来たらこうする、あるいはこう打つなんていうものではありません。そんなものは技術ですから、別に太気拳でなくても別の武術や格闘技で十分学ぶ事ができます。 私が太気拳をやってきて暴力に怖気づかない、と言えるようになったのは別の言い方をすれば「やられないですむ事を知った」からです。 人と争うことがあったとしても、私は「やられずに済ませる」事ができると思うのです。もちろん相手がピストルや日本刀などと言う物騒なものを持ち出してきたらどうかは判りません。 そんな時はとにかく逃げるのが一番でしょう。でも、ナイフくらいなら何とかなるかもしれない、とは思うのです。 ですから私が武術で大事な事は何か、と聞かれたらそれはやられない事です、と答えます。もちろんそれは中年から始める武術だから、と言うわけではありません。やられなければ何時か勝つ機会は巡ってきます。いや、勝つ機会など巡ってこなくても、やられなければそれだけで十分、とも思います。 ですから太気拳はやられないで済む方法を学びます。いや、方法と言うとちょっとニュアンスが違います。やられないで済む身体の状態を作り上げる、と言ったほうがいいかもしれません。 こう来たらこうする、という技術ではなく、こういう状態に身体を置いておけばやられる事はない、と言う事を身に着けていくのです。 (以下続く[第一章・立禅 1]) 続きは、本文をどうぞ 「中年から始める『本物の』中国武術」 PDFテキスト&DVD(1枚・約60分) テキスト目次 中年から始める本当の「中国武術」 太気拳の練習 第一項 「立禅」目次 立禅 ステップ―1 身体を緩める 立ってはいけない立禅 安定してはいけない立禅 冥想してはいけない立禅 立禅の組み方 何故形にこだわるのか ポイントの整理 立禅 ステップ―2 身体を緩める 武術は「腹と腰」 腰の力 立禅の組み方-腰の力を引き出す 爪先にスイッチ 膝の重要性―腰の力で腰を動かす 魚の話 立禅 ステップ―3 実戦を想定した立禅 実戦のときに必要な三つの事 立禅の組み方 上下の力 前後の力 動力定型の基礎―左右交互の上下の力 コマのような立禅 立禅 ステップ―4 腹の力を探る 腹と背を緩める 腹の力が引き出す運動 鞭のような力―力は振動・うねり 力の震源地 力の爆発 爆発の実験 最後に 内容ギッシリ充実です! ![]() このE-Bookは天野敏師渾身の書き下ろしによる内容です。 Ebook(PDF)とDVD1枚のセットが とても嬉しいことに かなり好反響のようで、たくさんメールをいただいております。 |